遊墨工房について

-About Yuboku Kobo-

作品が出来上がるまで
-Until the work is completed-

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文字の書体は3000種もあるそうですが、誰でも読めそうな、一般的な楷書、行書、草書あたりから、擬人化したい文字をピックアップします。

作品が出来上がるまで
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例えば、「楽」という字から、楽しくカラオケを歌っている女性が浮かんだら、頭の中でその姿をイメージしながら、漢字を見つめます。

作品が出来上がるまで
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そうしていると、何故か漢字の方から、ここを手にしたら?とか、ここを目にしたら、人間に見えるよ!と、誘いかけて来るんです。

作品が出来上がるまで
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不思議です。漢字自体には、年齢も性別もないはずなのに、描いている人のイメージに合う絵文字が出来上がっていきます。是非、お試し下さい。特にお子さんの想像力には、感服してしまいます。

作品が出来上がるまで

工房の様子

築150年の西陣にある織工場跡の町家を改装し、アトリエ兼ギャラリーとして作家活動をしています。

外観…

内観…

漫画歴史 -The history of comics-

日本最古の漫画の祖は、平安時代の国宝絵巻物「鳥獣人物戯画」とされていて、京都の栂尾高山寺が所蔵しておられる。
私事で恐縮だが、二十数年前の作品展の折、高山寺の推薦のお言葉が頂きたく、人を介して御挨拶に伺った事があった。
その当時は女性の御住職で、快く受けて下さったのだが、最後に、「先代の住職は、マンガと言われる事を大層嫌っておりました。」とチクリ!
確かに当時の漫画の立ち位置を考えると、反論する言葉もなかった。

「漫画」と呼ばれ出したのは明治以降の事。
江戸時代には、浮世絵、狂画、鳥羽絵等が娯楽としてのみ普及していたそうだが、幕末になると、西洋からペン画手法の風刺漫画が出回りだし、明治ともなれば、それらがより一層世相風刺性を帯び出し、社会に脅威をもたらすメディアとなって行ったそうだ。
大正時代には、画家の岡本太郎の父である岡本一平が、今のストーリー漫画のスタイルを生み出し、北澤楽天が、初の職業漫画家となっている。
時代は昭和に変わり、戦時中には、他の芸術家と同じく、戦意高揚を目的とした絵を描かされ、プロパガンダに従事しなければならなかった漫画家も多くいたという。

やがて、終戦。
1950年代には、手塚治虫がアニメや映画の表現を取り入れ、現代マンガのかたちを確立した。
1960年代、漫画は、少年漫画、少女漫画、劇画、大人漫画、の四つに分かれ、それぞれに変容していった。
2000年代になると、インターネットの普及に伴い、ウェブコミック、電子書籍等も登場し、又、ネットによる口コミで、メジャー誌以外でもヒット作が生まれ、国際的にも日本を代表する文化(ポップカルチャー)と認められ、新しい時代を迎えた。

冒頭で記した、鳥獣人物戯画をマンガ呼ばわりされご立腹だった前御住職も、今のこの、世界的なMangaブームをご覧になれば、目を瞑って下さるのではなかろうか。